『徒然草』第236段「丹波に出雲といふ所あり」は、後ろ向きの獅子・狛犬を見た聖海上人が、「きっと深い由来がある」と感動する話です。
ところが神官に尋ねると、子どものいたずらだったと分かる。面白いのは、上人が感動するだけでなく、その言葉を聞いた周囲まで「確かに特別だ」と言い始めるところです。
この記事で分かること
- 「丹波に出雲といふ所あり」のあらすじと現代語訳
- 聖海上人がなぜ狛犬の向きに感動したのか
- 現在の出雲大神宮と『徒然草』の関係
- 獅子・狛犬を読むための古典常識
- 中学生が覚えたい古語と表現
- 問題プールから毎回10問が出る4択テスト
先に読もう|古典リーダー「丹波に出雲といふ所あり」
「珍しい配置を見る → 上人が意味づけする → 周囲も同調する → 神官に確認する → 真相が分かる」という順番を追うと、話の仕組みが見えます。
まず30秒であらすじ
丹波に「出雲」と呼ばれる所があり、立派な神社がありました。秋のころ、しだの某という人物が、聖海上人や大勢の人を誘って参詣に出かけます。
一行は参拝して強く信仰心を起こします。そこで、本殿の前にある獅子・狛犬が互いに背を向けて後ろ向きに置かれていることに気づきます。
聖海上人は「なんとすばらしい。こんな珍しい置き方には、きっと深い理由があるのだろう」と感動して涙ぐみます。さらに、周囲の人に「こんなすばらしいものに気づかないのですか」とまで言います。
すると周囲も「確かにほかと違う。都への土産話にしよう」と同調します。しかし上人が神官に由来を尋ねると、答えは「いたずらな子どもたちが動かしただけです」。神官はその場で獅子・狛犬を元に戻し、上人の感動の涙は無駄になってしまいました。
現代語訳|「意味づけ→確認→オチ」の順番で読む
丹波国に出雲という所があります。立派な社が造られています。
しだの何某という人が領有する所だったので、秋のころ、聖海上人やそのほか大勢の人を誘って、「さあ、出雲を拝みに行きましょう。かいもちひをごちそうしましょう」と言って連れて行きました。一行はそれぞれ拝み、たいそう信仰心を起こしました。
社前の獅子と狛犬が互いに背を向け、後ろ向きに立っていたので、上人はひどく感動して、「ああ、なんとすばらしい。この獅子の立ち方はとても珍しい。きっと深い理由があるのだろう」と涙ぐみました。
さらに上人は周囲へ「どうです皆さん。このすばらしいことにお気づきにならないのですか」と言います。すると人々も「本当にほかと違う。都への土産話にしよう」などと言いました。
上人はそれでも由来を知りたくなり、事情を知っていそうな神官に尋ねます。神官は「これは、いたずらな子どもたちがしたことです。けしからんことです」と答え、獅子・狛犬を元の位置に据え直して去りました。
そのため、上人が流した感動の涙は、まったく無駄になってしまいました。
※現代語訳は中学生向けにとだ塾で整理しています。本文・現代語訳の確認には、出雲大神宮公式「徒然草の世界」を参照しています。
この「丹波の出雲」は、現在の出雲大神宮
この段の「丹波に出雲といふ所」は、現在の京都府亀岡市の出雲大神宮です。出雲大神宮の公式サイトも、『徒然草』第236段に同社が登場すると紹介しています。
出雲大神宮は丹波国一宮で、社伝では和銅2年(709)に社殿が造営されたと伝えられています。
冒頭の「大社を移して」は、建物を島根から丸ごと運んだ、という意味に決めつけない方がよい箇所です。出雲大神宮公式の現代語訳では、「出雲大社に倣って立派に造営した」と訳しています。本文を読むときは、まずこの公式訳で十分です。
参詣に「かいもちひ」も出てくる
しだの某は、人々を「出雲拝みに。かいもちひ召させん」と誘います。出雲大神宮公式の現代語訳では「ぼた餅を御馳走しましょう」。参詣の場面ですが、ずっと厳粛な話が続くわけではありません。
「神社へ行こう。食べ物も出すよ」と人を誘う、かなり生活感のある出発です。この普通の参詣が、獅子・狛犬を見たところから急に大げさな感動へ変わっていきます。
なお「上人」は僧に対する敬称です。聖海上人の言葉には重みがあり、その人が「深い理由がある」と言うことで、周囲の人まで同じ見方をし始めます。
獅子・狛犬が、そろって後ろ向きになっている
現代では一対をまとめて「狛犬」と呼ぶこともありますが、古い造像では獅子と狛犬の一対が見られます。文化財の古例には、無角で口を開いた獅子と、有角で口を閉じた狛犬があります。
本文では、その獅子と狛犬が互いに背を向け、後ろ向きになっています。いつもの置き方と違うので、聖海上人は「深い由来があるのだろう」と考えました。
ただ、まだ神官には尋ねていません。珍しい配置を見たことと、「深い意味がある」と考えたことは別です。
※出雲大神宮公式は、現在境内にある獅子・狛犬は『徒然草』に登場する当時のものとは異なると注記しています。
上人が言うと、周囲も「確かに」と言い始める
上人は獅子・狛犬を見て、「深きゆゑあらん」――きっと深い理由があるのだろう、と考えます。まだ神官には何も尋ねていません。
さらに周囲へ、「御覧じとがめずや」と声をかけます。「こんな特別なことに気づかないのですか」という調子です。
すると人々も、
本当に、ほかとは違う。都への土産話にしよう。
と言い出します。上人の解釈を聞いたあとで、周囲の見え方まで変わるところが、この段の面白いところです。
中学生が覚えたい古語
| 古語 | この本文での意味 | ポイント |
|---|---|---|
| あまた | たくさん | 大勢を誘う |
| 具す | 連れて行く | 一行を参詣へ連れて行く |
| ゆゆしく | たいそう・非常に | 強く信仰心を起こす |
| そむく | 背を向ける | 獅子・狛犬の異常な向き |
| めでたし | すばらしい・立派だ | 現代語の「おめでたい」とずれる |
| 殊勝 | 感心すべき・すばらしい | 上人の高い評価が入る |
| つと | 土産 | ここでは都への土産話 |
| さがなし | いたずらだ・たちが悪い | 童どもの説明 |
| いたづらなり | むだだ・むなしい | 最後のオチに直結 |
中学で押さえる二つの表現
「お気づきにならないのですか」。上人が周囲にも、自分が見つけた「特別さ」を見るよう促しています。
「少しお聞きしたい」。ここで初めて、事情を知る神官に由来を尋ねます。
「深きゆゑあらん」は、まだ確認前の推測
聖海上人は最後には神官へ尋ねています。問題は、尋ねる順番です。
まず珍しい配置を見て「深い由来がある」と考え、涙を流し、周囲にもその価値を説く。そのあとでようやく、事情を知る神官に尋ねます。
神官の答えは、「さがなき童どもの仕りける」――いたずらな子どもたちがやった、というもの。神官が像を元に戻すと、上人の壮大な解釈も一緒に消えてしまいます。
仁和寺の法師が「疑問を持ったのに確かめなかった」のに対し、こちらは「確かめる前に意味を決めてしまった」話として並べると、二つの章段の違いも見えます。
ランダム10問テスト|古語・表現・古典常識・読解
問題プールから毎回10問を出します。中学範囲に合わせ、細かな助動詞・助詞の識別問題は入れていません。選ぶとその場で正誤と理由が表示されます。
まとめ|珍しいものと「深い意味」は別
「丹波に出雲といふ所あり」の笑いは、珍しい配置そのものではなく、珍しいものを見た人間が、そこに意味を作り、周囲まで巻き込んでいく過程にあります。
そして最後は、事情を知る神官が獅子・狛犬を元に戻すだけ。長い議論ではなく、一つの行動で上人の壮大な解釈が消えてしまいます。
古語を覚えるだけでなく、「見た事実」と「そこから自分が考えた意味」を分けるという読み方までできると、この短い段の面白さがかなり見えてきます。
参考資料
本文の現代語訳・解説・確認問題は、上記資料を参照し、とだ塾の中学生向け教材として独自に構成しています。