『伊勢物語』第23段「筒井筒」は、幼なじみの男女が歌を交わして結ばれるところから始まります。しかし、話はそこで終わりません。親を失った妻、高安へ通う男、妻を疑う男、竜田山の歌、高安の女の待つ歌まで続きます。
長い章段ですが、和歌のたびに人間関係が動くと考えると流れを追いやすくなります。
この記事で分かること
- 「筒井筒」第23段の全体の流れと現代語訳
- 「筒井筒」「ふりわけ髪」が何を表すのか
- 幼なじみの二人の和歌が、なぜ結婚につながるのか
- 「親なく頼りなく」なった後、なぜ男は高安へ通うのか
- 竜田山の歌を聞いて男の心が戻る理由
- 高安の女の「飯匙」と、生駒山の歌の意味
- 25問から毎回10問が出る4択テスト
先に読もう|古典リーダー「筒井筒」
この段は長いので、「幼なじみ → 結婚 → 高安へ通う → 妻を疑う → 竜田山の歌 → 高安の女 → 待つ女」という流れを先につかむと読みやすくなります。
まず30秒であらすじ
昔、幼い男女が井戸のそばで一緒に遊んでいました。大人になると互いに恥ずかしがるようになりますが、男も女も相手を結婚相手にしたいと思い、親が勧める別の縁談を聞き入れません。
男は、子どものころ井筒と背丈を比べた記憶を使って歌を贈ります。女も「ふりわけ髪が肩を越えた」と成長を歌で返し、二人は望みどおり結ばれます。
しかし年月がたち、女は親を失い、頼るものが少なくなります。男は河内国高安の別の女のもとへ通うようになります。ところが妻は嫌がる様子もなく男を送り出します。
男は「妻に別の思い人がいるのでは」と疑い、河内へ行くふりをして庭に隠れます。すると妻は身なりを整え、外を眺めながら、夜中に竜田山を越える夫の無事を心配する歌を詠みます。
男はその歌を聞き、妻をこの上なくいとしく思い、高安へ行かなくなります。その後ごくまれに高安の女を訪れますが、女の振る舞いを見て気持ちが冷めます。今度は高安の女が、生駒山の向こうから来る男を待つ側になりますが、最後には男は通わなくなります。
現代語訳|第23段を三つの場面に分けて読む
1.幼なじみの二人が結ばれる
昔、地方で暮らしていた人の子どもたちが、井戸のそばに出て一緒に遊んでいた。大人になると、男も女も互いに恥ずかしがるようになった。
男は「この女こそ妻にしたい」と思い、女も「この男を」と思っていたので、親が別の相手と結婚させようとしても聞き入れなかった。
男は、「筒井の井筒と比べていた私の背丈は、あなたに会わない間に井筒より高くなったらしい」と歌を贈った。
女は、「あなたと比べてきた私のふりわけ髪も肩を越えました。あなたでなくて、誰のために髪を結い上げましょう」と返した。
そのように歌を交わし、二人はついに望んでいたとおりに結ばれた。
2.高安へ通う男と、竜田山の歌
そうして何年もたつうちに、女は親を失い、頼るものがなくなっていった。男は「二人そろって、このままどうしようもない状態でいてよいものか」と考え、河内国高安郡に通う女ができた。
ところが、もとの女は嫌がっている様子も見せず、男を送り出した。男は「別の男を思う心があるから、こんなに平気なのではないか」と疑い、庭の植え込みに隠れ、河内へ出かけたふりをして妻を見た。
すると妻は、きれいに身なりを整え、物思いにふけりながら外を眺めて、こう詠んだ。
風吹けば沖つ白波たつた山
夜半にや君がひとり越ゆらん
風が吹けば沖に白波が「立つ」。その「たつ」ではないが、竜田山を、夜中にあなたが一人で越えているのだろうか。
男はこの歌を聞き、妻をこの上なくいとしいと思って、河内へ行かなくなった。
3.高安の女も、待つ側になる
それでも、ごくたまに高安の女のもとへ行ってみると、最初のころこそ奥ゆかしくふるまっていたが、今では気を許し、自分で飯匙を取り、器に飯を盛っていた。男はそれを嫌だと思い、通わなくなった。
そこで高安の女は、大和の方を見ながら、「あなたのいる方を見続けていよう。生駒山よ、雨が降っても雲よ山を隠さないで」と歌う。
やっと男が「行こう」と言ったので喜んで待ったが、約束の夜が何度も過ぎてしまう。女は「あなたが来ると言った夜が何度も過ぎるので、もうあてにはしていないけれど、それでも恋しく思いながら日を過ごしています」と歌った。
けれども男は、もう高安の女のもとへ通わなくなった。
※本文は嵯峨本『伊勢物語』第23段(1)〜(3)の校訂本文を確認し、現代語訳は中学生向けにとだ塾で独自に整理しています。
「筒井筒」は、ただの井戸ではなく二人の共有記憶
井筒は井戸のまわりに設けられた筒状の囲いです。二人は子どものころ、この井戸のそばで一緒に遊んでいました。
男の歌は、「私の背丈は井筒より高くなったらしい」と成長を語ります。けれど、本当に伝えたいのは身長ではありません。
「あのころ一緒に遊んだ私たちは、もう結婚できる年頃になった」という共有記憶を、求婚の言葉に変えているわけです。
女の「ふりわけ髪」も、同じ時間を返している
女の返歌では、幼いころの髪型を表すふりわけ髪が肩を越えた、と歌います。
男は「背丈」、女は「髪」。違うものを使いながら、二人とも「子どもだった自分たちが大人になった」ことを歌っています。
井筒より背が高くなった。
→ 会わない間に自分は大人になった。
ふりわけ髪が肩を越えた。
→ 私も大人になった。あなた以外の誰のために髪を上げようか。
和歌が単なる飾りではなく、二人の関係を成立させる「会話」として働いているところが重要です。
「親なく頼りなく」――本文はここで生活の変化を置く
結婚後、女は親を失い、「頼りなく」なります。本文は、その直後に男が「もろともにいふかひなくてあらんやは」と考え、高安へ通うようになったと続けます。
ただし、本文は具体的な家計事情までは書いていません。「親が死んだから貧しくなり、男が浮気した」と細かく補いすぎるより、親を失って妻の後ろ盾が弱くなったことと、男の高安通いが続けて語られるところを押さえれば十分です。
また、この段では男が女のもとへ「行き通ふ」形で関係が描かれますが、平安時代の婚姻や住まい方は一様ではありません。「平安時代は全員が同じ通い婚だった」と覚える必要はありません。
妻が平然としているので、男は「異心」を疑う
もとの女は「悪しと思へる気色もなくて」、嫌がる様子も見せず男を高安へ送り出します。
男はそれを見て、
ほかの男を思う心があって、こんなに平気なのではないか。
と疑います。そこで河内へ行くふりをして、前栽――庭の植え込みに隠れ、妻の様子を見ます。
竜田山の歌|男の予想と真逆だった
男が予想していたのは、妻が別の男を思っている姿でした。
ところが実際に妻が考えていたのは、高安へ向かう夫の夜道の安全でした。
夜半にや君がひとり越ゆらん
「白波が立つ」と「竜田山」の「たつ」を響かせながら、歌は夫が越える山へ進みます。
この歌には、高安の女への非難が直接出てきません。中心にあるのは、夜中に一人で山を越える夫への心配です。
だから男は、自分が疑っていた妻が、実は自分を深く思っていたことを知ります。そして「かぎりなくかなし」と思う。ここでの「かなし」は「悲しい」ではなく、いとしいという意味です。
竜田山の歌を聞いて、男は高安へ行かなくなる
男は、妻に別の思い人がいるのではないかと疑っていました。ところが実際に聞いたのは、自分が夜中に山を越えることを心配する歌です。
「かぎりなくかなし」――男は妻をこの上なくいとしいと思い、その後は高安へ行かなくなります。『伊勢物語』では、和歌が気持ちを表すだけでなく、人物の関係や次の行動を動かします。
高安の女の「飯匙」|「心にくい」姿から日常の姿へ
高安の女は、最初のころ「心にくく」――奥ゆかしく見えるようにふるまっていた、と語られます。
ところが男が久しぶりに訪れると、女は「うちとけて、手づから飯匙とりて、笥子のうつはものに盛りける」。自分で飯匙(いいがい)を取り、器に飯を盛ります。飯匙は、飯を盛るしゃもじのような道具です。
男が見たのは、最初の「心にくい」姿とは違う、打ち解けた日常の姿でした。そこで高安の女への見方が変わり、男は通わなくなります。
最後は、高安の女が男を待つ
第23段の終わりでは、高安の女が大和の方を眺めます。
雲な隠しぞ雨は降るとも
「あなたのいる方を見ながら待っていよう。雨が降っても、雲よ、生駒山を隠さないで」という歌です。
前の場面では、もとの妻が竜田山を越える男を思っていました。ここでは、高安の女が生駒山の向こうから来る男を待っています。山の向こうにいる男を思う女という似た構図が、別の女性に移ります。
男は「来ん」と言いながら来ない。高安の女は、もうあてにはできないと思いながらも恋しく待ち、最後に男は通わなくなります。
中学生が覚えたい古語・表現
| 古語・表現 | 意味 | ポイント |
|---|---|---|
| 恥ぢかはす | 互いに恥ずかしがる | 成長して男女の距離が変わる |
| 本意 | 本来の望み | 二人は望みどおり結ばれる |
| 頼りなし | 頼るものがない | 女が親を失った後 |
| いふかひなし | みじめだ・どうしようもない | 「もろともに〜あらんやは」 |
| 気色 | 様子・態度 | 妻が嫌がる様子を見せない |
| 異心 | ほかの人への心 | 男の疑い |
| 前栽 | 庭の植え込み | 男が隠れる場所 |
| かなし | いとしい | 現代語の「悲しい」と違う |
| まれまれ | ごくたまに | 高安へ再び訪れる頻度 |
| 心にくし | 奥ゆかしい・上品だ | 高安の女の最初の印象 |
| 手づから | 自分の手で | 飯匙を取る場面 |
| 心憂し | 嫌だ・情けない | 男が高安の女に感じる |
中学範囲で見たい表現
助動詞を細かく分類するより、次の表現をまとまりで意味を取る方が実用的です。
「あなた以外の誰のために髪を上げようか。いや、誰もいない。」という反語。
「夜中にあなたが一人で越えているのだろうか」。今ごろの夫の様子を想像する歌。
「雲よ、隠さないでくれ」。な〜そ=〜するなでまとまりとして覚える。
ランダム10問テスト|古語・和歌・古典常識・読解
25問の問題プールから毎回10問を出します。中学範囲に合わせ、細かな助動詞識別よりも、古語・和歌の意味・人物関係・物語の流れを中心にしています。
まとめ|和歌のたびに、二人の関係が動く
男の「筒井筒」と女の「ふりわけ髪」の返歌で、幼なじみの二人は結ばれます。
その後、男は高安へ通い、妻を疑います。しかし竜田山の歌を聞いて妻の思いを知り、高安へ行かなくなる。後半では、今度は高安の女が生駒山の向こうから男を待ちます。
求婚の歌、心配する歌、待つ歌。和歌を追うと、第23段の長い人間関係が整理しやすくなります。
参考資料
- やたがらすナビ 嵯峨本『伊勢物語』第23段(1)
- やたがらすナビ 嵯峨本『伊勢物語』第23段(2)
- やたがらすナビ 嵯峨本『伊勢物語』第23段(3)
- 国文学研究資料館「伊勢物語」
- 国立国会図書館サーチ「平安時代の婚姻研究」
- コトバンク「言ふ甲斐無し」
本文の現代語訳・解説・確認問題は、上記資料を参照し、とだ塾の中学生向け教材として独自に構成しています。婚姻慣習については、本文に明記される内容と歴史一般の研究を分けて扱っています。