『伊勢物語』第6段「芥川」は、男が女を連れ出す夜の逃避行から始まります。雷雨の中で女は消え、物語はいったん「鬼に食われた」と語ります。
ところが末尾では、女の兄たちが女を取り返した出来事を「鬼」と語ったのだと説明されます。さらに、途中で女が尋ねた露が最後の和歌で戻ってきます。
この記事で分かること
- 『伊勢物語』「芥川」のあらすじと現代語訳
- 「鬼に女を食われた」という前半と、末尾の種明かしの関係
- 和歌「白玉か何ぞと人の問ひしとき」の意味
- 露がなぜ最後の和歌につながるのか
- 中学生が覚えたい古語・表現
- 25問から毎回10問が出る4択テスト
先に読もう|古典リーダー「芥川」
最初は「鬼の物語」として読み、最後に「実際には何が起きたと説明されるか」を確認してください。同じ出来事の見え方が途中で変わります。
まず30秒であらすじ
昔、ある男がいました。男は、簡単には結ばれそうにない女を何年も思い続け、やっとのことでひそかに連れ出します。
二人が芥川という川のあたりを進んでいると、女は草の上に光る露を見て、「あれは何?」と男に尋ねます。
その後、夜は更け、雷と激しい雨に襲われます。男は荒れた蔵の奥に女を入れ、自分は弓と矢を持って戸口を守ります。ところが物語上では、鬼が女を一口で食べてしまいます。女は「あなや」と叫びますが、激しい雷鳴のため男には聞こえません。
やがて女がいないことに気づいた男は激しく泣き、芥川で女が露を尋ねた場面を思い出して歌を詠みます。
そして最後に種明かしがあります。女は後の二条の后で、兄たちが泣き声を聞きつけ、男から女を取り返した。その出来事を「鬼」と語ったのだと説明されます。
現代語訳|前半の「鬼」と最後の説明を分けて読む
昔、ある男がいた。簡単には自分のものにできそうにない女を、何年も求婚し続けていたが、やっとのことでひそかに連れ出し、たいそう暗い夜道へ出た。
芥川という川のあたりを女を連れて行くと、女は草の上に降りていた露を見て、「あれは何なの」と男に尋ねた。
まだ道のりは長く、夜も更けてしまったうえ、そこが鬼のいる所とも知らず、雷がひどく鳴り、雨も激しく降ったので、荒れた蔵に女を奥へ入れ、男は弓と矢入れを背負って戸口にいた。
男が「早く夜が明けてほしい」と思っているうちに、鬼は女を一口で食べてしまった。女は「ああ、助けて」と叫んだが、雷鳴の騒ぎで男には聞こえなかった。
夜がさらに更けてから見ると、連れてきた女がいない。男は地団駄を踏むように激しく泣いたが、どうにもならなかった。
――「白い玉なの、あれは何」とあの人が尋ねた時に、「露だよ」と答えて、その露のように私も消えてしまえばよかったのに。
末尾では、この女は後の二条の后で、兄たちが男を止めて女を取り返した出来事を、このように「鬼」と語ったのだ、と説明される。
※本文は嵯峨本『伊勢物語』第6段の校訂本文を確認し、現代語訳は中学生向けにとだ塾で独自に整理しています。
「鬼が食べた」と、最後の種明かし
男から見れば、何年も思い続け、ようやく連れ出した女が突然いなくなります。物語はその喪失を、まず「鬼に一口で食われた」という形で語り、最後に現実側の説明を付けます。
女の「かれは何ぞ」に、男はその場で答えていない
芥川で女は、草の上の露を見て「かれは何ぞ」――あれは何、と男に尋ねます。
ここで注目したいのは、本文には男の返事が書かれていないことです。そのまま二人は先へ進み、雷雨と女の喪失へ向かいます。
ところが女を失ったあと、男は和歌の中で初めて、
あの時、「露だ」と答えて――
と歌います。その場で答えられなかった問いに、失った後の歌の中から答える形になっているわけです。
女がなぜ露を尋ねたのか、本文は詳しく説明しません。末尾では高貴な「二条の后」とされるため、世間慣れしていない人物像と結びつけて読むことはできますが、そこは本文そのものではなく解釈です。
和歌「白玉か何ぞと人の問ひしとき」の意味
露と答へて消えなましものを
大意は、
「『白い玉なの、あれは何』とあの人が尋ねた時に、『露だよ』と答えて、その露のように私も消えてしまえばよかったのに。」
男は、女を失った後になって、芥川での小さな会話を思い出しています。
「白玉 → 露 → 消える」が一首の中でつながる
「白玉」は白く美しい玉。暗い夜の草に光る露が、白い玉のように見えたのでしょう。
美しく光るものとして見える
その正体。やがて消える
自分も露のように消えてしまえばよかった
露の場面は、最後の和歌のために効いてきます。女の問い、男が答えなかったこと、女の喪失、そして後悔が一首の中でつながります。
弓と胡籙を背負い、男は戸口に立つ
雷雨を避けるため、男は女を蔵の奥へ入れ、自分は弓と胡籙(やなぐひ)を負って戸口にいます。胡籙は、矢を入れて背負う道具です。
男は外側、女は蔵の奥。しかも雷鳴が激しく、女の「あなや」という叫びも聞こえません。
男は夜が明けるのを待っていますが、その間に物語上では女が「鬼に食われた」と語られる。すぐ近くにいるつもりなのに、何が起きたか分からないという配置が悲劇を強めています。
『伊勢物語』はどんな作品?
国文学研究資料館は、『伊勢物語』を和歌と、その歌が詠まれた事情を描く歌物語と説明しています。全体は120あまりの短い章段からなり、在原業平と思しき「男」の恋愛や交友などが描かれます。
作者は未詳です。現存本の多くは125段前後で、複数の段階を経て成立したと考えられています。
「芥川」でも、物語の最後に置かれる和歌が飾りではありません。露を見た場面と女を失った後の感情を、和歌が一つにつないでいるところが歌物語らしい読みどころです。
「二条の后」とする説明は、前半と分けて読む
第6段の末尾では、女を後の二条の后(藤原高子)とし、兄たちが女を取り返したと説明しています。嵯峨本の校訂本文にもこの人物説明があります。
ただし、前半はあくまで「昔、男ありけり」「女」「鬼」として進みます。
そのため、授業ではまず物語として何が起きるかを読み、そのあとで末尾がどの実在人物に結びつけているかを見る方が整理しやすいです。「前半から全て史実をそのまま記録した話」と扱う必要はありません。
中学生が覚えたい古語・表現
| 古語・表現 | 意味 | ポイント |
|---|---|---|
| え〜まじ | 〜できそうにない | 「え得まじ」=手に入れられそうにない |
| よばふ | 求婚する・言い寄る | 何年も続けている |
| からうじて | やっとのことで | 長い求婚の末の行動 |
| 率る(ゐる) | 連れて行く | 女を連れて夜道を進む |
| あばらなり | 荒れていて隙間がある | 荒れて隙間のある蔵 |
| あなや | ああ、助けて | 女の悲鳴 |
| 足摺り | 激しく悲しむ動作 | 男の悲嘆を身体で表す |
| 胡籙(やなぐひ) | 矢を入れて背負う道具 | 男は弓とともに身につけて戸口にいる |
| かひなし | どうにもならない・効果がない | 泣いても女は戻らない |
中学で押さえる三つの表現
「手に入れられそうにない」。え〜まじ=〜できそうにないで取る。
「早く夜が明けてほしい」。危険な夜が終わるのを男が願っています。
「消えてしまえばよかったのに」。女を失った後の強い後悔です。
ランダム10問テスト|古語・構成・古典常識・読解
25問の問題プールから毎回10問を出します。中学範囲に合わせ、助動詞の細かな識別ではなく、古語・鬼の正体・和歌・話の二層構造を中心にしています。
まとめ|「かれは何ぞ」への答えが、最後の歌で返ってくる
女は芥川で露を見て、「かれは何ぞ」と尋ねます。本文には、その場での男の返事がありません。
女を失ったあと、男は「露と答へて消えなましものを」と歌います。あの時「露だ」と答え、自分も露のように消えてしまえばよかった――という後悔です。
小さな問いだった「かれは何ぞ」が、最後には女を失った男の歌へつながります。前半の逃避行と、最後の和歌を結ぶのが露です。
参考資料
本文の現代語訳・解説・確認問題は、上記資料を参照し、とだ塾の中学生向け教材として独自に構成しています。人物比定と物語上の表現は区別して説明しています。