「うちの子、ケアレスミスが多くて……」
数学の答案を見ていると、確かに「分かっていたはずなのに落としている」ように見えることがあります。
符号を変え忘れた。移項でミスした。括弧を外すときにマイナスを落とした。筆算で一つ数字を間違えた。
こういう失点を見ると、つい「次は気をつけよう」で終わらせたくなります。
でも、とだ塾では同じ種類のミスが何度も起きているなら、単なるケアレスミスとは考えません。
人は誰でも間違えます。どれだけ勉強ができる人でも、ヒューマンエラーをゼロにはできません。
だから大切なのは、ミスをしない人になることではなく、ミスが起こりにくく、起きても気づきやすい解き方を自分で作ることです。
毎回同じところで落とすなら、「注意力」より「設計」を見る
たとえば、毎回のように括弧を外すときの符号で間違える子がいるとします。
そのたびに「気をつけて」「ちゃんと見て」と言っても、あまり状況は変わりません。
本人はたいてい、答えを見れば「分かってた」「あ、そうやった」と言えます。
でも大事なのは、答えを見たあとに分かることではありません。
なぜその場ではできなかったのか。なぜ答えが出たときにも、自分のミスに気づけなかったのか。
そこを見ます。
「これくらい頭の中でできるやろ」と、符号の処理、括弧外し、移項、計算を一気にやってしまう。
そして毎回どこかで落とす。
それなら、私は「ケアレスミスだから仕方ない」とは考えません。
今の自分の処理量に対して、一度にやることが多すぎる。解き方の設計を変えた方がいい。
そう考えます。
途中式の量は、人によって違っていい
途中式は「多ければ多いほど偉い」というものでもありません。
暗算が得意な人なら、一部を頭の中で処理しても安全に進められます。
一方で、同じ量を頭の中だけで処理すると、符号や数字を落としやすい人もいます。
つまり必要な途中式の量は、全員同じではありません。
とだ塾では一つの目安として、「頭の中で3秒くらい止まるなら、もう書いた方が早くて安全やで」と伝えることがあります。
これは研究で決められた3秒ではなく、あくまで指導上の目安です。
大事なのは秒数そのものではなく、「自分はいま頭の中で無理をしていないか」に気づけるようになることです。
暗算で処理できるところは処理する。少しでも詰まるなら、筆算する。括弧を一つずつ外す。展開を一段書く。
そうやって、自分に合った途中式の量を探します。
途中式は、答えを出すためだけではない
途中式には、もう一つ大きな役割があります。
あとから自分の計算を検証できるようにすることです。
頭の中で何段階も処理してしまうと、答えが間違っていたときに「どこで間違えたのか」が残りません。
すると復習するときも、「計算ミスした」で終わってしまいます。
一方、途中式が適切に残っていれば、
- 括弧を外したところで符号を落とした
- 移項するときに符号を変え忘れた
- 分数計算で通分を間違えた
- 展開そのものは合っていたが、その後の足し算を間違えた
というように、失敗した場所を見つけられます。
これは「きれいなノートを作る」という話ではありません。
ミスを見つけられる形で、自分の思考を紙の上に残すという話です。
方程式なら、イコールをそろえるだけでも確認しやすくなる
たとえば方程式なら、式を縦に並べ、イコールの位置をそろえて書く。
すると、前の行から次の行へ何をしたのかが見やすくなります。
「この数字はどこから来た?」「この符号はなぜ変わった?」が追いやすい。
逆に、式がページのあちこちへ飛んでいたり、何段階も一行で処理していたりすると、本人も先生も検証しにくくなります。
もちろん、全員にまったく同じ書き方を強制する必要はありません。
大切なのは、その子自身が間違いを発見しやすい形になっているかです。
計算は、間違えたらもう一度やる
計算で間違えたときは、答えを赤で直して終わりにはしません。
できれば、もう一度自分で計算してもらいます。
特に怖いのは、間違った計算方法をそのまま繰り返して、手順として覚えてしまうことです。
一度「あ、ここが違った」と確認しただけでは、次に同じ場面が来たときに正しくできるとは限りません。
だから、正しい手順でもう一度やる。
そのあと時間を空けて、また自分でできるかを見る。
「間違いが分かった」ではなく、「次は自分で正しく処理できる」まで持っていく。
これは、以前の記事でも書いた「できた」の基準と同じです。
「注意力がない」で終わらせない
もちろん、その日の疲れや焦り、集中状態によってミスが増えることはあります。
でも「この子は注意力がないから」で終わらせると、改善の方法が分からなくなります。
見るべきなのは、もっと具体的です。
どの処理で止まるのか。一度に何個の操作をしているのか。どこまでなら頭の中で安全に処理できるのか。途中式は検証できる形になっているか。
同じ子でも、整数計算なら暗算できるけれど、分数が入ると急に負荷が上がることもあります。
括弧を一つ外すだけなら大丈夫でも、「括弧を外す+移項+計算」を一度にすると崩れることもあります。
8〜9年生を対象にした代数研究でも、括弧を連続して展開する課題では、処理が進んだ後半ほど誤答が増え、ワーキングメモリへの負荷が関係していることが示されています。
参考:Ayres (2001), Systematic Mathematical Errors and Cognitive Load
「分かっているのに間違えた」ように見えるミスでも、実際には一度に処理しようとした量がその場の処理能力を超えていた可能性があります。
ヒューマンエラーは、ゼロにするより「起きる前提」で考える
これは勉強だけの話ではありません。
ヒューマンエラー研究では、失敗を「不注意な人の問題」とだけ考えるのではなく、人は間違えるものとして、エラーが事故につながりにくい仕組みを作るという考え方があります。
心理学者James Reasonは、エラーを個人の不注意や忘却だけで説明する「person approach」と、仕組みや防御を考える「system approach」を区別しています。
参考:Reason (2000), Human error: models and management
もちろん医療安全と中学生の計算は同じではありません。
ただ、考え方は参考になります。
「次は気をつける」だけに頼らず、
- 途中式を一段増やす
- 符号だけは別に確認する
- イコールをそろえる
- 暗算で詰まったらすぐ書く
- 答えが出たら元の式へ戻して確認する
といった、自分なりの防御を置いておく。
その方が再現性があります。
同じミスでも、全員に同じ対策はしない
ここが一番大事だと思っています。
ある子には「途中式をもう一段書こう」で改善する。
別の子は途中式をたくさん書いているのに、数字が散らばりすぎて逆に見失っている。
ある子は暗算を減らした方がいい。
別の子は、簡単な計算まで全部書いているせいで時間が足りなくなっている。
だから、ケアレスミス対策に万能な一つの型があるとは思っていません。
その子がどこで処理を抱えすぎるのかを見て、その子用のシステムを一緒に作る。
先生の役割は、そこを補助することだと思っています。
「ケアレスミスが多い」は、改善のスタート地点
ケアレスミスという言葉自体が悪いわけではありません。
ただ、それで原因分析を終わらせないことが大切です。
「惜しかった。次は注意しよう」で終わるのではなく、
「どこで一気にやりすぎた?」
「何を書いておけば気づけた?」
「どの確認を一つ追加すれば、このミスは減りそう?」
と考える。
ミスは誰にでも起こります。
だからこそ、ミスをしない自分を目指すのではなく、ミスしても崩れにくい自分のやり方を作っていく。
私は、その方が長く使える勉強の力になると思っています。